たーさんブログ

自分の人生を再構築したがっているおっさんのつぶやき

お昼ごはんの後に眠くなるのはなんで?~原因と解決方法~

腹いっぱい食べた後は眠くなる

というのは、みなさんの一般常識みたいになっていますよね。

 

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お昼に定食ランチをしっかりと平らげると、その後は昼寝モードに入ってしまいます。

 

眠くて眠くて、定食屋の机に突っ伏してそのまま仮眠をとりたいくらいだし、

あわよくば仕事を部下に丸投げして自分は早退し、サウナでリラックスしたいもんだ

なんてちょっとでも思ったことはあるでしょう。

(つうか、仕事したくないだけだろ!)

(当たり前だろっ!!)

 

いやいや、昼飯食べて眠くなったら、今日のお仕事は終わりという働き方改革ってないもんかね?!

テレワークが多くなってきた昨今、自分の家で仕事をしていて、がっつり昼飯を食ってしまうとその後ベッドがすごく恋しくなってしまいませんか?

ソファに座ってテレビをつけていても「科捜研の女」を見ながらいつの間にか寝てしまっているのもよくある話だと思います。

(よくある話?)

 

勝手なイメージですが、 

イタリア人は、お昼ごはんでさえワインを飲みながら2時間以上レストランで雑談しているらしいですね。

スペイン人はお昼ごはんが終わったら、布団にもぐって昼寝(シエスタ)をするらしいというのを聞いたことがあります。

んで、みんな寝て元気になったらまた仕事を少しだけして、今日1日のお仕事はおしまいにするんです。

グーグルなどの外資系の会社は仮眠室がきちんと準備されていて、しっかり寝ることも仕事のうちとされています。

昼寝に投資をする企業も珍しくない時代なのです。

いかに眠いのを我慢しながら仕事をすることが効率悪いことか、ということに世界はすでに気づいているのです。

 

なんで日本人だけ、30分でご飯を口にかきこんで、急いでデスクに戻り、缶コーヒーをがぶ飲みして眠い目をこすりながら夜遅くまで仕事しているんでしょうか。

そんな働き方、生産性が低いに決まっているやん。

 

そもそも何で眠くなるんだろう

それにはいくつかの理由があるみたいです。

 

食べて消化するのに、ものすごくエネルギーを使う

1日3食しっかり食べると、その消化エネルギーはフルマラソン(42.195km)を走ったときに消費するエネルギー量と一緒らしいのです。

つまり、単純計算で1食あたり14km走って消費するエネルギー量となるわけです。

新宿駅から総武線小岩駅くらいだろうか...軽く山手線を横断できます)

(そんな情報いらんわい!)

 

だから、食べる量が多ければそれだけ消化に使うエネルギー量は多くなってしまい、バテバテになってしまうんです。

 

それに関連することとして

胃で消化するのに血液が必要とされる

というのがあります。

胃の周りにはたくさんの血管があり、消化の際には胃の動きに合わせて大量の血液が導入されます。

脳への血液量が消化の間に少し減ることになるので、その分だけ脳を休ませることが必要になるんです。

だから、脳への血流量が減っている間は無理して脳を働かせるよりは、素直に脳の為を思って寝てしまった方が言いわけなんです。

 

食後血糖スパイクにより、急激に血糖が下がるため

脳を動かすにはブドウ糖が必要になります。

それもかなりの量のブドウ糖です。

体の臓器全体が必要とするブドウ糖の約20%は脳で消費されています。

食事をすると、1時間くらいして血糖が上がってきます。

それに反応する膵臓インスリンという血糖を下げるホルモンを分泌するので、食後2時間くらいから血糖が急激に下がってきます。

このとき、がっつり食べた人の場合、思い切り高くなった血糖を思い切り下げなければいけないので、大量のインスリンが分泌されて血糖も急降下するんです。

そのために脳にまわされるはずのブドウ糖が足りなくなって、脳は一時的にブドウ糖不足に陥り、休む必要があります。つまり眠くなるんです。

 

以上をまとめると、脳の栄養となる血液、あるいはその中に含まれるブドウ糖が減ることにより食後は眠くなるというメカニズムなんですね。

 

では、その食後の眠気に対抗するためにはどうすればいいでしょう?

もうみなさん、おわかりですね。

小食になる

答えは、「食べる量を減らす」ですね。

特に炭水化物です。

昼マックや昼どんぶりなんぞやってしもうたら、それはアカンです。

大量に胃に入った腹持ちのいい炭水化物を消化するために胃はがんばって動かなければいけません。

また当然のごとくブドウ糖は急上昇しますので、インスリンが大量に投入されることになります。

実は糖尿病の人はやや遅れて食後血糖が上がってきます。

普通の健常者のように2時間で血糖はもとの状態に戻りません。

インスリンは分泌されるのですが、血糖の下がりはやや悪い傾向にあるので、その分だけ眠くなる時間は通常より遅れてきて、それでいて長く眠い時間帯が続きます。

だから、仕事の効率が悪い時間が健康な人よりも長いんですね。

(糖尿病の人は、仕事ができないということではありません!)

(自分の場合は、たしかに効率が悪いことを自覚しています)

 

食べる量を減らせば、血糖は上がりにくくなります。

あるいは炭水化物を減らしたり、ベジファーストにすれば血糖は急激には上がりません。

そういう工夫をすることによって、眠気を抑えることができます。

 

眠いからと言って、大量の砂糖入りの缶コーヒーを飲むのは逆効果なんですね。

 

食後の運動 

食後の血糖を上げにくくする方法のもう一つは、「食後に運動をする」です。

食休みは大事ですが、遅くとも「ごちそうさま」をしてから15分後には、体を軽く動かすことが大事です。

運動をして筋肉を動かすことにより、ブドウ糖は筋肉の中に取り込まれますので、血糖は下がってその分だけインスリンの分泌は減ることになります。

血糖が高くならなければ、血糖が急降下することもありません。

 

三つ目の解決方法

ちなみに三つ目の解決方法は、私自身が考えてみました。

お昼の時間までに可能な限りクリエイティブな仕事あるいは重要案件を終わらせてしまい、食後にはボーっとしていてもできる仕事のみを少しやるようにすればいい。

欲を言えば、昼食後はもう仕事をしない。

イタリア人的な働き方はこうなのではないでしょうか?

 

そうすれば、お昼にゆっくり食事を楽しんでも、赤ワインのグラスを傾けても、多少はいいことになりますよね。

(勝手な決めつけですが...)

 

朝8時から午後2時くらいまで頑張って仕事をして、その後お昼の混雑を過ぎて少し空いたレストランに仲間で食事をしに行き、会話を楽しみながら美味しい料理に舌鼓を打ち、午後4時になったら職場にいったん戻ってちょこっと仕事の仕上げをして帰るという感じ。

なんとも優雅ではありませんか。

まあ、今の日本ではそんな働き方は叩かれると思いますが、理想的ですね。

 

自分が上司だったら

自分が職場の上司だったら、朝の時間も大事なので10時に始業とします。

その後13時まで密度濃く働き、2時間食事休憩とした後、15時すぎから2時間程度後半戦をがんばって17時半には家路につくというようなサイクルにしたいなと考えます。

もちろん、後半戦はゆるーい感じでの仕事になります。

まあ、トータル仕事時間は5時間くらいですけど、ノルマがその間で達成できればそれ以上は求めないつもりです。

このようにすれば効率よく仕事を進めることができるのかな、なんて甘い考え方を持っていますが、でもそれでも楽しく仕事をして、体に負担を与えず、それでいて一定のノルマをこなすことができればいいかなと思っています。

 

みなさんも、自分が上司やオーナーになって自由に仕事時間を決められる立場であれば、どのように就業時間を決めますか?

日誌をつけるのはいいけど、最後までつけようよ

少し前からto do listを兼ねて日誌をつけるようにしている。

最近これが結構大事であることに気づいた。

 

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朝に書くこととして、今日1日何をしようか

あるいは

仕事をしたら、何をしてその結果どうだったか

ということを日誌に書くことで、後になって確認することができる。

その確認作業で、自分の経験したこと、あるいは勉強したことをきちんと頭に刷り込むことができるのだ。

ちょっと前までは、「あのときどうだったっけ?」

と思い出すのに、頭をフル回転させなければならなかった。

この時間がすごく面倒だし、忘れっぽいことが目立ってきた今日このごろ、そのエピソード自体を忘れてしまっていることが多い。

 

ただこうやってその都度、メモみたいに考えたこと、やったことを書き留めておくと何かしら便利なのだ。

さらには、何かをやったという充実感さえ湧き上がってくる。

 

ということで、「時間を有効に使おう」ということから始めたこの日誌の記載。

スマホのカレンダーにポンポンと打ち込むだけでいいので、非常に手軽だし、簡単に見返せる。

 

もちろん、日誌の内容としては、大したことでないので、はずかしい限りなのだが。

5:30起床

シャワーを浴びる

コーヒーを飲む、今日はブラックにした

今日の予定を確認

6:00自宅を出発...

ざっとこんな感じである。

 

ところどころに気づいたこと、思いついたことを挟みこむ。

スライドの作成を昼までに仕上げるとか

コーヒーの勉強をするとか

通勤のときに聴く音楽をプレイリストにまとめるとか

先日のセミナーの内容をパワーポイントにスライド作成するとか...

to do listでもあり、スキマ時間にやりたいことでもある。

 

もちろん、近い将来にしたいことを書いたりもする

今年の目標として投資信託で500万円貯めるとか

本棚の2段目に買っておいた本をすべて6月までの読了するとか...

例えば、本を読んだ感想なんかも書いてしまうこともある。

大事なことは、経験したり勉強したりしたら、すぐにその場でスマホに打ち込むのだ。

まあ、こんな感じで自分本位の内容を記載している。

 

ところで、最近その日誌を見返して気づいたことがある。

これまでは、正直見返すこともなく、書きっぱなし状態だったが、やはり復習は大事と思い、先日3月分を読み返していた。

 

1日起きたこと、考えたことが箇条書きになっている。

ほとんどの場合、前述したように、朝から昼にかけてはしっかり書いているのだ。

その都度コンビニでいくら使ったかまで、細かく書いている。

ところが夕方から夜にかけての記載が非常に寂しい。

あまり書いていないというか、ほぼ空白の状態なのだ。

尻切れトンボ状態!

あの日の夜はいったい何をしていたのだろうか?

 

そうなんだよな。

まさにその日誌が竜頭蛇尾的な状態であることが示しているように、

夕方仕事終わりから帰宅して寝るまでは、時間を有効に使えていないような気がする。

日誌を書いていないから、夜の時間を有効に使えていないのかもしれない。

逆に夜の時間をダラダラ過ごしているから、日誌に書きようがないのかもしれない。

 

ならばがんばって、夕食後はこのようなことをしようという記載をすれば、

有意義な内容で行動していたのだろうか?

可能性はある。

書くことで自分の気持ちをセッティングすることができるのだ。

 

夕食後の計画をきちんと練っていれば、

いや、せめて3つくらいの項目をto do listに挙げていれば、

そのうち1つは計画通り片付けることができていたかもしれない。

それが自分の成長である。

 

この原理で行くと、週末の非常に怠惰な自分の過ごし方は、同じことが原因だと考える。

日曜日をどのような計画で、どのように時間配分して過ごしていくか。

自分のための時間、家族のための時間をどうするか。

それをきちんと予定通りに遂行できたときに、充実した週末になるのだろうが、

日誌をつけていない時分は、実際なんの計画もなく場当たり的に週末に突入してしまい、気づいたら長時間昼寝しているか、だらだらとゲームして気づいたらサザエさんという感じになってしまっている。

 

この原理が自分の人生にも当てはまると考えると、恐ろしい!

 

やはり、1日が終わるまで、あるいは1週間が終わるまできちんと日誌をつけて、

そのときの自分がどのような気持ちで、

どのように行動しようと思っていたのか、

きちんと書き留めておくことが大事。

 

つまり、自分を見つめる時間を作るということ。

 

そして、それができれば非効率的な1年、無駄の多い人生を過ごすことも少なくなるのではないか。

どうだろうか?!

 

今年で50歳。人生100年計画として折り返し地点。

そろそろ人生を充実したものにするために、今まで学んできたことを有効に使わねば。

ダイエットの敵:ゴムパン

ゴムパンって、ご存じだろうか?

食べ物ではない。

自分の部屋着だ。

 

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こういうやつ...

もちろん、ユニクロで買った。

そしてXLサイズ。

 

40過ぎてからだろうか、

仕事から帰ってきてすぐに自分の部屋でゴムパンに着替えてくつろぐようになった

 

正式には、おそらくトレーナーとかいうのだろう。

しかし、自分ではベルトのところがゴムなのでゴムパンと呼んでいる。

ゴムベルトのパンツだ。

略して、ゴムパン。

我が家独自の昔からの呼称なのだろう。

(あるいは、ほかの家庭でもそう呼ぶのだろうか?)

(とにかく先日職場でみんなキョトンとしていた)

 

学生の頃は、学校から帰ってきてもズボン(当時はジーパン)のままだった。

家でも、ズボンに醤油をこぼさない限り、1日中同じままだった。

ズボンを履いていて、全然苦でなかった。

それが、40過ぎてから習慣が変わったのだ。

なぜだろう?

 

太ったからだ。

 

ズボンがきつくなってきて、非常に着心地が悪くなったからだ。

考えなくてもわかる。

 

ただ、待てよ。

どっちが先?

 

太ったからゴムパンを履くようになったのか?

 

それともゴムパンを履いているから太ったのか?

 

よく言うではないか?

女優さんとか、あえて足を見せる格好をして、足をきれいに保つって。

人に見られると人は自然ときれいになるって。

 

そうなると、ゴムパンを履いているかぎり、人前に堂々と出ることはないし、

それゆえに体型が崩れていくのか。

逆に、ゴムパンをやめて家でもズボンを履いていれば、お腹まわりを意識しだして

腹筋を緊張させるようになるのか。

気づいたら、そのズボンに合わせて体もスリムになるのだろうか?

 

よく考えたら、デブは絶対にピチピチのズボンを履いていない。

ゴムパンかオーバーオールだ。

これが自分のデブのイメージだ。

(すごい偏見だったら、すみません)

つうか、自分の鏡に映った姿、それがデブのイメージ!

(うーむ)

 

やはりゴムパンが楽だわ。

 

ダイエットの反省

最近ダイエットがうまくいっていない。

 

体重が少しずつ増えてしまっている。

冬ごもりするほ乳類の性質上、食べた物をすべて体の中に取り込んでしまうのだろうか。

(言いわけ、言いわけだ!)

 

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当初の目標であった「4月までに減量する」に黄色信号がともっている

(厳密に言うと、赤に近い黄色)

 

 

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ここで反省してみた。

 

まあ、減量がうまくいかない理由はいくつかすぐに思いついた。

当たり前だ。

毎日その都度、うしろめたさ満載だからだ。

 

⑴夜遅くに食べてしまう

 仕事が最近終わるのが遅くて、帰宅して食べるのが22時近くになっている。

 睡眠時間はきちんと守りたいので、自動的に食べてすぐに横になってしまう。

 一番ウシになりやすいパターンだ!

 

⑵甘いものを夜にとってしまう

 ストレスが溜まっているせいか、

 あるいはキッチンに甘いものが置いてあるせいか、

 (相方の協力も必要なのだが、うちのはどうも食べても太らない体質らしい)

 どうしても口に運んでしまう。

 ここ数日は寝る前にシュークリームを食べてしまっている

 (一番アカンやつや)

 「悪くなる前に食べておいて」と言われるままに消費している

 (悪魔のささやき)

 

ポンジュースがぶのみ

 最近ハマってしまっている。

 別に愛媛県人ではないのだが(むしろ高知県)、なぜかハマってしまっている。

 必ず冷蔵庫に1本ストックしてあるのだ。

 そして、喉が渇くと...

 

 ポンジュースって、100mlあたりの炭水化物量が10.4gだそうだ。

 おそらくそのうち食物繊維量はわずかなので、ほぼこれが糖質量。

 コップ1杯でも飲めば、そこそこ血糖を上げてしまうことになる。

 ジュースの怖いところ、一気に糖分を体の中に流し込んでしまうところと、

 吸収が速いので一気に血糖値を上げてしまうところにある。

 (これもアカンやつや)

 

⑷運動不足

 寒いので、外に出る勇気がない。

 目標毎日10000歩なんだが、なかなか玄関の扉を開ける気力がわかない。

 特に土日の動き無さ加減がすごい。

 先週なんかは、873歩しか歩いていなかった。

 このままだと足の筋肉が萎縮して、足の細い火星人みたいになってしまう。

 

こう書き出してみると、

食生活としては相変わらず炭水化物は少な目にして気を付けているつもりでも、さすがにシュークリームはまずい。

 

そこでここ数日はがんばって日常生活の悪いところを変えてみた。

簡単に言うと、

⑴20時以降は飲み物だけ

⑵夜は甘いものやスナック菓子を食べない

⑶ジュースの代わりにお茶や水のがぶ飲みを奨励

 実はふるさと納税でお茶のケースを頼んだところ

⑷仕事帰りに、駐車場(コロナ禍で車通勤)から自宅に帰るまであえて遠まわりする

 そして週末1日1回は外出する

 

 

とにかく、自分の健康は自分で守るしかないのだ。

 

仕事のせいで

「生活が不規則だ」とか

「忙しくて体を休める暇がない」とか

そういってグチを言うのは自由だが、

そもそも自身が自分のことを甘やかして、

体をいたわらないのであれば、そんなことを言う資格はないのだ。

 

まずは最低限自分の健康を守るところから始めて、

それでも外部の力が自分の体に悪影響を与えてくるのであれば、

それは改革していくしかない。

スマホを見ない生活、そんなことがあってもいいのでは

最近スマホ(自分はiPhone)の画面を眺めていると、1日平均の画面を眺めていた時間が表示されてくる。

忘れたころに知らせてくれるのだが、そこでハッとすることがある。

 

先週は3時間19分だった。

その前の週との差は9%。

これが多いのか少ないのかは、わからない。

その内訳はエンターテイメント5時間43分とかSNS4時間48分とかって、ご丁寧にも解析してくれる。

 

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エンターテイメントはおそらく音楽を聴いていた時間。

車の中でBluetoothにつなげて運転中音楽を聴いていた時間だ。

画面は見ていない。

 

それにしても、SNSに4時間も割いているなんて多いかも。

その4時間で何か別のことに手を出した方が有意義だったかもしれない。

あとのまつりだ。

 

 

以前ガラ携を持っていたときは、iモードというのがあった。

正直ほぼ使ったことがなかった。

ほとんど電話として使い、時々ショートメッセージを打ち込んでいたくらいだ。

 

iPhoneを持つようになっても、使うのはもっぱら電話機能だけだろうと思っていた。

だから、ガラ携で十分だろうと考えて購入をしぶっていた時期があった。

 

しかし、いまやiPhoneを電話として使うことは皆無。

メッセージ、LINE、そしてSNSとしての利用がメインになってしまっている。

 

iPhoneが発売されたのが2008年7月のこと。

自分が購入したのはiPhone5が最初で、その後購入した6sをいまだに使っている。

最近電池の減りが早くて困っているのだが、なかなか買いかえる勇気がない。

この10年くらいの間で、世の中の景色が変わったように、自分の生活もスマホ中心にがらりと変わった。

その変化にまだついて行けていない自分がいる。

(年とったなあ、と思う)

 

去年暮れに立てた目標に、「スマホを見ない、手に取らない時間をつくろう」というのがある。

 

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今でも、なるべく手に取らないように心がけている。

それでも仕事中でも、一度気になってしまうと、次から次へとアプリを立ち上げてスワイプしまくってしまう。

自分にとっては大した情報でもないのに、見入ってしまうのがよくない。

 

コロナの感染者数がどうなのか

総理大臣の支持率がどうなのか

芸能人の結婚だとか

 

正直自分の生活や仕事に全く関係ないのだが、一度目に飛び込んでくるとそのページを開いて記事を読んでしまう。

さらにはTwitterも。

命の大事な時間をこんなことに使ってはいけないことを分かっているつもりだけど。

 

最近、なんか知らんけどイライラすることも増えたように思う。

ちょっと電波が繋がりにくかったりすると、先日も知らんうちに舌打ちをしていて家族にとがめられた。

電波がつながるのが当たり前。

そういう頭にすでになっているのだ。

 

携帯電話のなかった頃は、渋谷駅で友達と待ち合わせしていて、相手が来なくても気長に本を読みながら待ったもの。

だが、今やその忍耐力はどこにいったのか。

 

スマホ文化になってから、ちょっとしたことでもがまんできず、すぐにイライラするようになったような気がする。

(この歳になって、小便もがまんできなくなってしまっているが...(笑))

 

もちろん、スマホになってからすぐにわからないことを検索できるようになって、便利になったことは皆さんもご承知だろう。

その一方でその情報が本当か嘘か、自分の目で確認することは減った。

わざわざその現場まで足を運んで自分の目で確認したり、正確なことが書かれている本を図書館や本屋に探しに行ったりすることは格段に少なくなった。

人の話を聞きに行くこともなくなった。

せいぜいメールやLINEで済ましてしまう。

人と直接触れあうことも減っている。

動かなくなっているので、運動不足にもなっているだろう。

 

結果、今や頭の中は不確かな情報とどうでもいい情報であふれていて、さらにはイライラ感とストレスで充満。

体は慢性的な運動不足に陥り、いろんな意味で悪い方向に向いている。

こんな状態では、健康に生きることは難しい。

1日数時間でも強制的にアナログ生活に戻すことがやはり大切かなと思う。

(デジタルデトックスというらしい)

 

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自分のようなおじさんは、そのような不便だけど健康なアナログ時代があったことを知っている。

でも、子どもたちはスマホがあって当たり前の時代に生まれてきた。

最初からある意味不健康なのだ。

彼らに、何が健康な生活なのかを教えることは自分たち親の大切な役割なのだろう。

悪い習慣を挙げてみよう、そしてその原因となるものを排除しよう

悪い習慣というものは、結構な割合でほぼ無意識に行っていることが多い。

反対に良い習慣というものは、なかなか意識して行動をしないと身につかないものだ。

これが逆であればいいのにと、何度も思った。

 

このことは、誰でも思い当たったことがあるのではないか。

  

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例えば「健康」というテーマに絞って考えてみると、自分の場合はエスカレーターと階段があった場合に、何も考えなければエスカレーターに乗ってしまう。

喉が渇いていて、冷蔵庫にコーラがあった場合には、飲むだろう。

机の上にキットカットが置いてあったら、当然食べてしまうだろうし、さらに2個目と手をのばすことは容易に想像がつく。

時間が少しあった場合には、すぐに寝ようとする。

 

要するに、今まで何度も不健康な方の行動をとってしまっていたのだ。

 

結果、運動不足、暴飲暴食、デブ、糖尿病というレッテルが貼られたわけだ。

 

では、この場合に健康を意識して行動をしていたらどうなっているだろうか。

つまり、その都度その行動が健康に良いことなのかどうかを考えて、行動にうつすのだ。

健康に良い行動の選択した場合、

 

エスカレーターではなく階段を上ることを選択するだろう。

喉が渇いても、蛇口をひねって水を飲むだろう。

机の上のキットカットは戸棚にしまい、完全に視界から遠ざけるようにし、どうしてもお腹が空いていればみかんかバナナを手にとるようにする。

時間があったら、ストレッチをするか、少し散歩に出かけて体を動かすようにするのがいい。

 

これだけ健康に良い選択をすれば、結果が良くなるに決まっている。

 

つまり、運動が習慣になるし、食事量も抑えられる。

やせるし、血糖のコントロールも一定水準を保つことができる。

 

このことから、とにかく無意識にやっている悪しき習慣を自分であぶり出して、良い習慣に切り替えていくことが非常に大事だということがわかる。

 

毎日どのタイミングで、悪い習慣を行ってしまいやすいか。

おそらく先ほど挙げたコーラやキットカットの例でも分かるように、視界にそれが入った瞬間にその悪いスイッチが入ってしまうのだ。

喉が渇いている→何か飲みたい→目の前にコーラ→飲む

お腹が空いている→何かを食べたい→目の前にキットカット→食べる

それだけではない。

疲れている→少し時間がある→休めるソファがある→座って眠りにつく

おそらく、このときに休む場所がなければ、起きて他のことをしているだろう。

そう考えると、オフィスに椅子がなく、立って仕事をする場所があることも納得である。

 

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とにかく視界から悪い習慣の原因となるものをまず排除することから始めよう。

そう考えたが、世の中普通に生活していると、なんとデブへの悪い誘いの多いことか。

 

街のいたるところにコンビニがあるではないか?

コンビニに陳列されている商品の中で、健康にいい物と悪い物果たしてどっちが多いか。

この質問に間違える人はまずいないだろう。

 

マクドナルドなどのファーストフード店、ラーメン屋、たこ焼き屋など、炭水化物が主体のお店がどれだけ多いことか?

ちょうどお腹が空いたときに、そのお店のどれかの前を通ったら、それは吸い込まれるに決まっているだろう。

 

そして、コンビニを通り過ぎても自販機があったら、何か買ってしまうだろう。

珍しくドクターペッパーがあったら、そりゃボタンをポチっといってしまうよね。

(いかないって。そりゃ、あんただけだろ!)

 

どうしたら、それらの誘惑に負けないでいられるか。

 

その結論はまだ出ていない。

ただ昨年からの目標で、一つ確実に継続していることがある。

それは、マックのドライブスルーにあれ以来1回も寄っていないことだ。

(すごい、パチパチ)

完全にスルーしている。

だから、車の中がマックの袋で汚れることがなくなった。

シートの横の隙間にポテトが1本も落ちていない。

それって、すごいよね!

それに車に乗った瞬間、謎の食べ物の異臭がすることもなくなった。

 

ひょっとしたら、これを継続できていることに何かヒントがあるのかもしれない。

 

自分の悪しき習慣をまずは意識することから始めてみようと思う。

目標その6「他人ができる仕事は、なるべく他人にお願いする」

自分の時間は限られている。

いつまでも好きに時間を使うことができると思っていたら大間違いだ。

命の時間は有限であり、それがどれくらいかは正確には分からない。

このコロナ禍においてはなおさらだ。

 

それと同じくらい当たり前のことだが、自分の体は一つしかない。

分身の術なんて技が子どもの頃忍者ごっこして流行っていたが、あれも結局本物の自分以外は幻影でしかない。

 

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自分の時間が限られていて、自分の体は一つしかない

こんな当たり前のことを自分は分かっているはずなのに、なぜに物事を全部自分でやってしまおうとするのか?

 

時間管理の自己啓発書やビジネス書には書いてある。

とにかく、人に任せられるものはすべて人に任すように、と。

自分がやっても他人がやっても、結果同じ結果になる仕事については、他人にやってもらうということが鉄則なのだ。

他人にやってもらうことができれば、その分自由に使える自分の時間が増えるので、それを自分にしかできない別のことに利用すればいい。

その方が全然生産性が高く、効率がいい。

 

自分でやりたがる理由 

自分でどうしてもやりたがる理由を考えてみた。

 

・自分で状況を確認しながらやる必要性があると考えている

他人を信用していない、自分が一番確実だと思っている。

もちろん、自分の専門的知識やスキルを十分に活かせる仕事であれば、自分でやるべきである。

しかし、どうでもいい書類の整理だとか、部署の引っ越しの準備だとか、職場の隅っこにおいてある冷蔵庫の中の確認だとか、何故自分である必要があるのだろう。

 

・人に頼むのが億劫である

こんな雑用をほかの人にお願いしていいのか?

後輩に頼んだら、あの上司はいつも仕事を押し付ける嫌な上司だと思われないか?

もし、お願いするとしたら、どのように頼めばいいのか?

こんなことを考えてしまう。

 

要は、そのようなことを考えてしまうのが面倒だと思っており、ならば自分でやってしまおうというカラクリなんだろう。

いやいや、実際後輩に頼むと二つ返事で引き受けてくれて、結局取り越し苦労だということがわかるのだが。

要するに考えすぎなのだが、一方でその仕事を人に頼むということ、つまりコミュニケーションをとるということを放棄しているのだ。

 

・お金がかかる

例えば引っ越しなんていうのは引っ越し業者に任せてしまえばいいのだ。

自分が何も仕事の合間に数十個ある段ボールを持ちながら、階段を昇り降りして建物内を移動する必要はないだろう。

職場の秘書さんが、お金はかかるが業者を雇うことはできますよと親切に言ってくれているのだから。

 

お金と時間、どっちが大事という話だ。

当たり前だが、

時間>>>お金

時は金なり、という言葉が如実にそれを示している。

 

歩いて1時間、タクシーで10分のところに行くのであれば、時間を有効に使うのにタクシー代を払うべきだ。

どうも時間よりもお金の方を大事と考えがち。

それは、お金は目に見えているが、時間は形としてないからなのか。

 

もう一つある。

 

・責任の問題

他人に任せてミスをしたらどうするのか。

自分が責任をとれるのか。

だったら、自分でやった方がいい。

 

もちろん、責任重大な仕事は自分でやるべきだ。

ただ、引っ越しとか冷蔵庫の整理だとか、そんな責任問題になるだろうか?

 

他人に任せるべき理由 

自分ですべてをやろうとするのは、ナンセンス。

自宅では、家族に「お茶持ってこーい」なんて言っているのに。

逆に、それくらい自分でやれよという感じ。

 

・自分の時間を作ろう

人生は限られている。

特にこのコロナ禍、いつ罹患して急変するかわからないのだから。

 

・精通する人間に任せた方が早く片づけられるかもしれない

自分が一番ではないのだ。

とんでもない過信だ。

 

・仕事の内容によっては、後輩の教育の場になるかもしれない

後輩の育成にとってそれは非常に大事なことなのだ。

自分がいなくなったときのことを考えよう。

 

これからどうすべきか 

今後はまず仕事が降ってきたら、まずほかの人ができそうな仕事であれば断ること。

自分が責任もってやらなければいけない仕事であっても、自分でなくてもいいような仕事内容であれば(責任問題が小さければ)、ほかの人に任せることをまず考えることが大事。

何かあれば、責任は俺がとるから、という肝のすわった人間であるべきだ。

その上で、その分の自由な時間を自分にしかできないことに割り当てようと思う。

 

目標その6「他人ができる仕事は、なるべく他人にお願いする」